Junko Yokoyamaさん

変化どころか、完全に別人になったと思います

子供のころからフォトグラファーを目指していたんですか?

いえ、全く考えてませんでした。
中学時代にストリートダンスを始めたんですが、それから数年間はダンスに夢中だったので。

意外! どんなダンスを踊っていたの?

当時はヒップホップ全盛だったんですが、私がやっていたのはロックダンスです。ロックダンスっていうのは……あっ、「中居くんがやってるダンス」と言うと分かりやすいかもしれませんね。

Junkoさんはアメリカに留学経験があるんですよね。ダンス留学だったんですか?

それが、ダンスのための留学ではないんです。ダンスが好きだからNYに、というのはもちろんありましたが、一番の目的は海外の大学に行くことでした。

アメリカでの生活はどうでした?

言葉の壁はもちろん、渡米して半年で911(編集注:アメリカ同時多発テロ事件)が起こったり、自宅が泥棒に入られたりして、しばらくは辛かったです。ホームシックにもなりました。
日本では遊んでばっかりのギャルだったから、自分の小さな世界を覆された感じでしたね。

最初の1年半は語学学校で英語を勉強したんですが、同時にダンススクールにも通ってました。でも、ダンススクールの生徒はみんなストイックで。
「ああ、私はダンスそのもではなく、仲間と踊るのが楽しくてダンスを続けてきたんだ」と気づいて、ダンスはすっぱり辞めました。

それはずいぶんと大変だったんですね……それで?

「新しい目標を見つけよう」と思い立って、“画家”と“小説家”と“フォトグラファー”の3つから選ぶことにしました。いろんな人の自伝を読みあさりましたね。

えっ、いきなりすごい三択ですね(笑)

ダンスを辞めても、表現者でいたいという気持ちは変わらなかったので……。

ただ、絵を描いてみたらかなり下手だったので、画家は早々に断念しました(笑)
小説家はというと、作品を英語で書くのが大変そう。
それで、「よし、フォトグラファーだ!」って(笑)

スピリチュアルな友人から「あなたはフォトグラファーになる気がする」と言われたこととか、お正月に一時帰国したときに父の一眼レフをもらったこととか、そういうささいな偶然の重なりにも背中を押されました。

入学した短大にたまたま“コマーシャルフォトグラフィー”という学科があって、これも写真を勉強する大きなきっかけになりましたね。

アメリカの大学というと、入るより卒業するのが難しいと聞いたことがありますが。

大変ですよー!
特に一般教養の数学や科学の授業は、言葉の壁もあったので必死でした。

日本にいるときはダメな学生だったけど、アメリカではものすごく勉強しましたね。
アメリカの大学では、ガリ勉しないと単位がもらえません。お金も無かったので、ほとんど遊ばずに学校と家の往復をくり返しました。おかげで、留年せずに卒業できました。

すばらしい! 卒業後も順調だったのでしょうか?

在学中から見習いで出入りしていた撮影スタジオでアルバイトとして雇ってもらえたので、順調と言っていいと思います。
プラクティカルトレーニングのビザが切れるまでの1年間、日本人とアメリカ人、2人の師匠のもとで修行しました。

写真の世界の修行というと、体育会系で厳しいイメージがありますが。

日本の現場は確かに厳しいですね。
アメリカの現場はフランクで、アシスタントだからといって小さくなる必要はなかったです。逆に、「もっとちゃんとコミュニケーションとって」「クライアントと話して」と要求されました。

ただ、現場にいるのはほとんど全員NYのネイティブなので、みんな早口だし、ノリ良くしゃべるんです。そういうところで、私がつたない英語で話し出すとノリの良さが止まってしまう。「もっと話したいけど話せない」というジレンマは常にありました。

聞けば聞くほど濃密な5年間だったんですね。留学前後で、ご自身の中で何か変化はありましたか?

変化どころか、完全に別人になったと思います(笑)

留学前はこれといった目標もなかったし、頑張る姿を見せるのがカッコ悪いと思っているような若者でした。でもNYではみんながそれぞれに目標を持っていて、何かを達成したくて来ている人ばかり。
「で、あなたは何をやりたいの?」と聞かれる。最初の自己紹介からガンガン詰められるんです。

ハッキリしたビジョンを持っている人たちの中で、「やりたいことが無い」なんて言おうものなら、“終わっている人”扱いされる。友達の輪にすら入れない。
このとき「何かひとつ決めてやるしかない」と思いました。そして、「やると決めたら本気でやろう。達成するまであきらめない」と覚悟しました。

帰国後、すっかり変わったJunkoさんを見てお友達の反応はどうでした?

おどろいたと思います。
ちょっと前まで「頑張るなんてダルくない?」って言ってた人が、「だめだよ頑張らなきゃ!」とか「将来のこと考えてるの?」と詰めてくる暑苦しい人になったんですもんね(笑)

じゃあ疎遠になった?

それは全然ないです!
ウザい私も受け入れてくれる心優しい友人たちなので、今も仲良くしてもらってます(笑)

帰国後、以前の自分に戻ったりはしなかったんですか?

帰国後はフリーランスとして出発したので、それはなかったですね。
売り込みとか、必死にならないとやっていけないから。
実は、私は売り込みが苦手なんです。大きい出版社などは、尻込みして行けませんでしたし。

あら、そこはハッタリ上等のNYスタイルじゃないんですね(笑)

そうなんです(笑)
見かねた夫がすごい勢いで売り込みのアポイントを取ってくれたのもあり、偶然のご縁で知り合った人のおかげもあって、少しずつ仕事が増えていきました。

人とのつながりって、大事ですよね。

そうですね。本当に人とのつながりに助けられて今があると思っています。

そういえば、高校時代からの友人に頼まれて仕事したこともあるんです。
友人は「JKPlanet」というウェディングリングのセレクトショップを経営しているんですが、以前から一緒に飲んで熱く語ったりする仲でした。その彼から、2015年にCMと広告全部の制作を依頼していただいて(編集注:TVCMはYouTubeで閲覧できます)。

企画、スタッフやモデルの選考、進行まで、一切合切を任せてもらいました。
やりがいのあるお仕事だったのはもちろんですが、こういう仕事を頼めるくらい成功している彼のことを、すごいと思いました。「私も頑張らなきゃ」と刺激をもらいましたね。

インタビュー/編集 千貫りこ

Photography by Yusuke Mitome

Profile

Junko Yokoyama
フォトグラファー

鹿児島にうまれる。
NYにて写真をはじめる。
NYにてアシスタント経験を積みフォトグラファーとしても活動を始める。
2006年より東京に拠点を移す。
ストーリー性のある作風と美しい光に定評があり、数多くのファッションブランド、雑誌、著名人、広告などを撮影している。
http://www.junkoyokoyama.net

アーティストマネジメント事務所 Lorimer management+ 代表。
レンタルハウススタジオ Studio Union の経営もしている。

2017年1月7日〜1月28日、アメリカ LA の Hive Gallery & Studio にてアーティスト大河原愛とのコラボレーション作品を展示中。
Hive Gallery & Studio:
729 S Spring St, Los Angeles, CA 90014

Place

今回の対談スペースは「Studio Union」。
渋谷から車で15分、世田谷区若林にあるブルックリンとシャビーフレンチの要素をミックスした24時間撮影可能なレンタル撮影スタジオです。

4面採光になっており、ワンフロアすべての場所に自然光が一日中差し込みます。白を基調としながらも、レンガ壁や古木壁、グリーンルームなど様々なテクスチャーで色々なシチュエーションを、撮影できるよう設計されています。

ここは、Junkoさん自身が「こんなスタジオがあったらいいな」という理想を詰め込んでつくったスタジオだそうです。 しかも、Junkoさんやスタッフのみなさんが壁や天井を塗ったりして、プロの助けを借りながらも手作りで仕上げたんですって!

世田谷区若林2−38−11 若林ビル3F
03-5787-8950
contact@studiounion.net
http://studiounion.net/

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