江口貴勅さん

実際にペンを持って”書く”という行為が自分には合っている

前回の最後に「たえず努力を続けていれば一発逆転もありうる」という内容のお話がありました。もう少しくわしく聞かせてください。

僕の場合は、運に助けられた面もあると思います。 たとえば僕がゲーム音楽制作を中心に活動していた頃は、ちょうど家庭用ゲームがハード的にぐんぐん進化してる時期で、ある時期から“生音”を収録することが可能になったんです。つまり、人の声もバンドサウンドもフルオーケストラにいたるまで、どんな音楽でもそのまま再生できるようになったんですね。
CDを作るのと同じ音楽制作のワークフローを経験できたことは、その後に大きく影響してると思います。

さらに、「歌ものを書いてみないか」という依頼が舞い込んだのもラッキーでした。バンドでは歌ものを書いていたし、アレンジした曲がメジャーリリースされたりする事はありましたが、自分が作曲した歌がメジャーリリース化された経験はほとんど無かった。でも思い切って引き受けました。今にして思うとチャレンジャーですね(笑)

最初のデモが完成して歌ってくれる方を探していた時、驚いたことに「君の曲がアメリカの音楽プロデューサー「ナラダ・マイケル・ウォールデンさんの耳に留まったよ」と連絡が入ったんです。

それはビックリですね!

うん、耳を疑いましたね。
たまたまナラダ氏プロデュースで日本向けチャリティアルバム(『MUSIC OF LOVE – For Tomorrow’s Children』)の企画が進んでいたそうで、僕の曲はアルバムの一曲目として収録されました。さらにシングルカットまで。
そのアルバムからのシングルカットは2曲だったんだけど、1曲は矢沢永吉さんだったんです。すごいよね。この大きな大きなチャンスをもらったおかげで、これ以降、歌ものを手がけさせてもらうチャンスがずいぶん増えました。

中川晃教さんのサポートさせてもらうようになったのは、この出来事の少しあとからです。
そうそう、ちょっと余談ですが、最初に中川さんのステージでサポートをやらせてもらったときに、僕はとんでもない失敗をやらかしてしまったんですよ。

ステージに上がっていざ演奏しようとしたら、ハードディスクレコーダーの電源ケーブルが抜けてて演奏に入れなかったんです。後から聞いたら、舞台裏で誰かがうっかりぶつかったか何かでケーブルが抜けてしまってたらしいんだけど。中川さんが機転をきかせてトークでつないでくれたものの、僕からしたら言い訳しようもない失態です。
もちろん終演後に楽屋で謝罪しましたが、「もう二度と呼ばれないだろう」と覚悟を決めてました。

うわあ、想像しただけで真っ青になります……。

ところが、その後も呼んでもらえたんだよね。本当にありがたかったです。 この一件もそうだけど、僕は本当に人に恵まれていると思う。

さかのぼって考えれば、学生時代に先生のすすめで楽器メーカーのデモンストレーションのバイトをやってたら、それを見た音楽ソフト販売会社の方から声をかけていただいて社員になり、会社員時代にその音楽ソフトの使い方をマスターできたからゲーム音楽制作にかかわれるようになり、ゲーム音楽をつくっていたから歌ものの世界にも関わることができた。
こういう縁をつないでくれたのは、全て“人”なんだよね。感謝しきれません。そういう意味でもラッキーだったと思います。

なるほど、今の江口さんがあるのは“努力”と“運”と“人”のおかげなんですね。
ところで、音楽家としての仕事は作品を一定のクオリティに保つのが難しそうな気がするのですが。何か方法はあるんですか?

とにかく“書く”ことですね。 プロジェクトを任されたら、規模の大きさに関係なく毎回ノートを新調します。たとえば歌もののアレンジの仕事なら、曲の歌詞を読み込んで「主人公はどんな人なのか」とか「どんなシーンなのか」とか、感じたり想像したことをどんどん書き出します。一人称がなぜ「私」じゃなくて「僕」なのか、とかね。

それ以外に、自分自身の仕事に直接関係のある内容も書くし、いただいた資料を貼ったりもします。その仕事にまつわることを、整理せずに洗いざらい書くことができるキャンバスがあることが、僕にとってはとても大事みたいです。
こういうノートがあることで、要件の取りこぼしなども無くなるので、一定のクオリティを保ちやすくなります。

ただ、この方法だとノートによって書き方がめちゃくちゃだったりして、後から読んだときに要点をつかみにくいんです。「困ったな」と思ってたときに出会ったのが「マンダラチャート」。
マンダラチャートというのは、3×3の9マスのマトリックスを使った思考の整理法です。中心の1マスに“テーマ”を書き、テーマから発想した“アイデア”を周囲の8マスに書き込みます。そこからさらに外側のマスにテーマとアイデアを広げて書いていくことで、頭の中が整理されたり新しいアイデアが生まれたりします。

自由に書くことができるノートを用意する一方で、効率よく思考整理するための方法も取り入れてらっしゃるんですね。

マンダラチャートは自分の思考の流れが分かりやすいので、日常的なアイデア出しなどで使ってます。小さな手帳を一冊用意していて、思いついたらすぐ書き留めるんです。大きめのプロジェクトの場合は、専用に一冊用意することもありますね。
そのほか、思考整理には“マインドマップ”も活用してます。専用のルーズリーフを用意しておいて、どんどん書き出す。ある程度まとまったらゴソっと外して自宅に保管しています。

パソコンのキーボートをタイプするより、実際にペンを持って”書く”という行為が自分にはあっているようです。
たくさんのプロジェクトが同時進行していたり、ハードスケジュールで疲れてきっていたりすると、当初の目的をつい見失ったり気持ちが散漫になりがちなので、気がついたときに書き留めておくことで判断材料になりますね。

たとえばレコーディングの現場で、ミュージシャンの演奏は完璧、でも「何かが違う」。
そんなときにはノートに書いたことを意識します。仮にその曲が初恋の歌だと書いてあったら「みなさん、詩を読んだだけでは分かりにくいんですが、実はこの曲は初恋の歌なんです。だからみなさんの青春時代を思い出してください。高校時代に自転車で走ったときの風の感触や校舎の匂い、あの感じを出してほしい」と投げかける。すると自発的に「じゃあこういう演奏の方がいいね」といった意見が出ます。こういう話をした後にもう一度演奏してもらうと、驚くほど一気に音が変わるんです。
そういう意味では、仕事の舵取りの役目も果たしてますね。

インタビュー/編集 千貫りこ

Photography by Mito Nakatani

Profile

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江口 貴勅(えぐち たかひと)

音楽家(作曲/編曲/キーボード/音楽プロデュース)

ゲーム•アニメ•映画•ドラマのサウンドトラックや主題歌、アーティストへの楽曲提供•ライブサポートなど、これまで数千曲以上を手掛ける。代表作「機動戦士ガンダムSEED DESTINY」「FINALFANTASY X‐2」「ソニックシリーズ」 SEAMOの「マタアイマショウ」倖田來未「1000の言葉」ドラマ「陽はまた昇る」など。
ナラダ・マイケル・ウォールデンがプロデュースしたアルバムにはスティービー・ワンダー、スティング、エンヤ、TAKE6、矢沢永吉らの楽曲と共に自作曲が収録された。近年はBoyz II Men&NewYork Symphonic Ensembleのジャパンツアー、YUKIのコンサートツアーのオーケストラアレンジなど話題作を手掛けた。

http://blog.takahito-eguchi.com/

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