江口貴勅さん

作家としての一番の目標は、たくさんの人に愛されるような「みんなの歌」を書くこと

前回の後半では江口さんの仕事術を伺いましたが、仕事に取り組むときの心がまえについても聞いてみたいです。

これはあくまで僕自身の話なんですが、「明日できることは明日やろう」とか「このアイデアは次に使おう」とかいう考えを持つと良い結果につながらないんです。憧れるんだけど、無理なんだよね。
だから、常に120%で取り組んでます。特に20代のころは「倒れるまでやらなきゃいけない」と思ってた。あの頃はプライベートなんて無かったな。今は年を取ったので徹夜は辛いけど(笑)、音楽に対する姿勢は今も当時と変わりません。

僕の好きな言葉に「ときめき、ひらめき、きらめき」というのがあります。
誤解をおそれずに言うと、僕はすべての仕事に恋してます。曲の中にひとつでも“ときめく”部分を見つけると、いつの間にか四六時中その曲のことを考えるようになる。そうやっていつも考えていると、そのうち“ひらめき”が降りてくるんです。“ひらめき”を反映させた曲は、僕にとって“きらめいて”見えます。そうなるとますます好きになる。ときめくんです。この連鎖に入ると、1週間くらい寝なくても大丈夫になっちゃう(笑)

仕事は、まず対象を好きにならないとできないと思ってます。だから僕は、曲や、その曲をつくった人を好きになるところから始めます。もし最初の印象で「あまり好きじゃないな、違うな」と思ったとしても、それは単に“今の自分の好みに合わない”というだけのこと。その曲の本質を捉えてるわけじゃない。

なんだか、人付き合いにも通じるお話ですね。

うん、そうかもしれません。「イヤなヤツだな」と思いながら眺めてる目の前の相手だって、赤ちゃんの頃はきっとかわいくて目がくりくりしてて、最初に言葉を発したときに親は涙を流して喜んだはずなんだよね。たとえ、いま目の前にいるのは小憎らしいオッサンだとしても(笑)

人は多面体で、いま僕が見ている相手の姿が全てではない。僕にとっては腹立たしい存在だとしても、その人のことを心から愛してる誰かがいるんです。そう思うと、どんな人でも好きになれる部分があるような気がします。
せっかく縁あって知り合えた仕事や人のことを粗末にしたくない。だからいつでも「これが最後だ」と思って接してます。

すごい! とはいえ、仕事である以上いろいろと現実的な問題も起こるわけで……。たとえば100万円の仕事でも1万円の仕事でも同じように没頭するんですか?

うーん、基本的には没頭しちゃいますね(笑)
それに僕らの仕事は、最終的に自分の名前が出ます。自分の足跡として残るから、結局のところ逃げられないんですよ。手を抜けない。
そしてもちろん、これはプロとして当然のことですが、ギャラの大小や納期の長さにかかわらず、一定以上のクオリティを保たないといけない、という責任も感じてます。

江口さんのキャリアを語る上で欠かすことのできないBoys II Menさんとのお仕事についても聞かせてください。
ご存知の方も多いと思いますが、Boys II Menは90年代にアメリカで大ヒットしたR&Bのヴォーカル・グループです。たくさんのアルバム、シングルが全米1位に輝き、グラミーで最優秀レコード賞も獲得したスーパーグループです。

はい。彼らのジャパンツアーをお手伝いしました。2009年と2010年のことです。

2008年頃に、友人を通じてニューヨーク・シンフォニックアンサンブルの日本人指揮者である高原さんと出会う機会をいただきました。そのときにデモテープをお渡ししたところ聴いてくださって、ツアーの半年前くらいに「こんな企画があるんだけど、やってみないか」と連絡がありました。

Boys II Menとニューヨーク・シンフォニックアンサンブルのコラボ企画で、僕が担当するのはオーケストラのサウンドアレンジ。このコンサートは、アメリカから持ち込んだわけではなく、完全なオリジナル企画だったんです。だから、ゼロからのスタートでした。

実際に始まってみると、いくつかのハードルが見えてきました。物理的な距離や言語の問題もそうだし、慣習の違いなどがあってやりとりが思うように進まず、最初は難航しましたね。はじめの1、2曲のOKをもらうのに全行程の半分くらいかかっちゃったんです。途中で「あ、これ無理だな」と思ったんですが(笑)、お手伝いしてくださる方のおかげもあって、なんとか当日には間に合いました。

でも、さすがにオーケストラのみなさんはものすごく上手でした。リハーサルの前日に譜面を渡したんですが、初見に近い状態なのに見事な演奏でした。
初演の2009年はバタバタでしたが、2回目となる2010年のステージは再演曲も多かったので、さらに良いものになりました。歌も本当に素晴らしかった!! 音源が残っていないのが残念です。

同世代としては夢のような話ですね。あのBoys II Menと、だなんて。

ショービズの本場アメリカでトップを獲った人たちと仕事ができるなんて思わなかったですね。僕自身、若い頃に「アメリカで勉強したい」という気持ちが無かったわけじゃありません。だから余計に、ひとつの目標を果たした感覚はあります。
あと、初演ももちろんですが、再演のときにまた声を掛けてもらえたことも誇りに思ってます。奇跡ですね。

奇跡ではなく実力だと思いますよ。さて、ではこの後の目標は?

今よりもっと音楽に近づきたいですね。

音楽に近づく、とは?

うーん、説明が難しいな……。
今までどおり、いただいた仕事に真剣に向き合い続けることによって、もっと音楽に近づきたい。憧れているミュージシャンや尊敬するミュージシャンがまだまだたくさんいるので、そういう人たちと触れ合う機会をいただいて勉強したい気持ちもありますね。

あとは、自分の仕事を通してもっともっと社会に貢献したいです。それを実現するために、まずは足場を固めることも大事だと考えています。今はひとりで活動してますが、ゆくゆくはチームで動けるような体制を作りたいので、その準備もしたいですね。

作家としての一番の目標は、たくさんの人に愛されるような「みんなの歌」を書くことです。
震災後、たとえば『上を向いて歩こう』などの歌で多くの人が励まされたと思うんですが、あんな風に自分の曲が誰かを支えることができたら最高です。別にヒット曲を作ってお金を儲けたいわけじゃないんです。なんなら、自分が死んだ後に評価されてもいい。
これまでもずっと考えてたことですが、40歳を過ぎてますますその思いが強くなりました。

ちょっと話がそれますが、僕は自分が死ぬときには「よく頑張ったね、そろそろいいよ」と呼び寄せてもらいたいんです。ちゃんとやる事をやっていれば、先に行って待ってる家族にもう一度会えるんじゃないかな、と思ってて。だから、この世でできることは精一杯やりきって、恥ずかしいことをしないで生きなきゃいけないと思ってます。

それで、もし“生まれ変わり”があるとして、生まれ変わったあとの自分が今の自分が作った曲に出会えたら……なんて。ロマンを感じてます(笑)

Rico’s Eye

学生時代から独特のオーラをまとっていた江口くん。甘いマスクとそれに似つかわしくない“天然”ぶり、そしてこまやかな心づかいで、当時からみんなの人気者でした。今回のインタビューで卒業後に大変な思いをしていたことを知ってビックリしましたが、逆境をはねのけるタフさもお持ちだったんだな、とあらためて尊敬し、ますます好きになりました!

とはいえ、かわいい息子さんのためにも今後はあまり無理しないでくださいね。
音楽からドロップアウトしてしまった私の希望を託しつつ、ご活躍を期待してます!

インタビュー/編集 千貫りこ

Photography by Mito Nakatani

Profile

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江口 貴勅(えぐち たかひと)

音楽家(作曲/編曲/キーボード/音楽プロデュース)

ゲーム•アニメ•映画•ドラマのサウンドトラックや主題歌、アーティストへの楽曲提供•ライブサポートなど、これまで数千曲以上を手掛ける。代表作「機動戦士ガンダムSEED DESTINY」「FINALFANTASY X‐2」「ソニックシリーズ」 SEAMOの「マタアイマショウ」倖田來未「1000の言葉」ドラマ「陽はまた昇る」など。
ナラダ・マイケル・ウォールデンがプロデュースしたアルバムにはスティービー・ワンダー、スティング、エンヤ、TAKE6、矢沢永吉らの楽曲と共に自作曲が収録された。近年はBoyz II Men&NewYork Symphonic Ensembleのジャパンツアー、YUKIのコンサートツアーのオーケストラアレンジなど話題作を手掛けた。

http://blog.takahito-eguchi.com/

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