林真理子さん

言葉に遊ばれる感覚はこわいなあ、と思います

前回の「仕事が楽しい」という話ですが、私自身は、会社勤めの間は「やらされてる感」が強くて楽しくなかったです。フリーランスになった今は楽しいんだけど。
気持ちのいい働き方って本来は人それぞれ違うと思うんですが、たとえば“正社員”という雇用形態にこだわる人って多いですよね。そういう考えは、可能性を狭めてしまう気がします。

そうですね。
私も、“正社員”という雇用形態にこだわりすぎちゃうのは危険だと思います。

言葉が持つ意味は時代とともに変わります。
いまの「正社員」が持つ意味合いは、70年代とか80年代に「正社員」という言葉が持っていたそれとは違いますよね。 それなのに「正社員」という言葉そのものにこだわり続けていると、実際とすれ違ってしまうかも。

私自身はサラリーマンが性に合ってるんですけど、それは会社という“大きな舟”に乗って仕事できるからです。
足下が安定していて、ある部分を専門的に集中してできることに魅力を感じています。自分が「正社員」のどの部分に魅力を感じて選んでいるのかに自覚的であると、言葉に踊らされなくなると思います。

単語で物を考えると思考停止するんですね。「正社員」みたいに、どこかから貰ってきた言葉の組み合わせで考えていると、いつまでも自分の気持ちが見えてこない。「こういう環境でこういうことをやりたい、こうなりたい、だから正社員がいい」というふうに、自分の言葉で考えをほどいていかないと。

言葉に遊ばれる感覚はこわいなあ、と思います。

なるほど、確かにそうかも。大事なのは、どういう意図で「正社員」になりたいのか、ってことですよね。

ちょっとややこしい話になってしまうかもしれないんですが……。

たとえば、「私」っていう概念は概念でしかないんですよね。
言葉があることで一見わかりやすくみえますが、言葉を知らない赤ちゃんから見たこの世の中は、混沌としたものでしかない。「私」と「それ以外」の境目も、最初はあいまいでしょう。

私たちは、必要に応じて「他者」と「私」を区別したり「男性」と「女性」を区別したりしている。必要があって、ということだと思うんです。

だから最近は、意味なく区別しないよう気をつけています。
あとは、意味なく言葉を与えないこと、外から持って来た区分けで区別しないようにしています。 極力フラットに、必要があるときだけ区分けしたり言葉を与えたりするよう心がけてますね。

「林さんはステレオタイプな表現をしない人だな」と以前から思ってました。

言葉は人の心を捕まえちゃうんです。
たとえば、辛そうな顔した人に「お辛いんですね」と話しかけたら、その瞬間に相手を「辛い人」として括りつけてしまう。本当はその人の中に「辛い」では括れないような、もっとモヤモヤしたものがあるかもしれないのに。
人に捧げる言葉は、特に大事に扱わないといけないと思います。

林さんのブログ「心のうち」を読んでいると、言葉に向き合う真摯な姿勢が伝わってきます。「心のうち」は、どんな時どんな風に書いてるんですか?

日常の中で、目の前の光景と自分の中の心象がつながる瞬間があって、「つながった!」と思った瞬間にすごい衝動が走るんです。そういうときには、ワーッと書きたくなりますね。

「○○があった」という事象だけでブログを書くことはありませんが、ひとまずスマートフォンのメモアプリに残すことはあります。2年前のメモと、いま自分の中にあるぼやーっとした心象風景……抽象概念で文章の体をなしてないようなものが、ふとつながるようなこともあります。

この前、山手線に乗ってたんですね。 たまたまそのとき、事故か何かがあって車内がすごく混雑してて。そのうち、私の隣に「The おばあさん」って感じの人が乗って来たんです。腰が曲がっててね、もう記号どおり(笑)のおばあさん。 明らかに「席を譲ろうよ!」って雰囲気なんですよ。だけど、誰も譲らない。

たとえばこういう光景を見たときに、私は早計に評価を出すのが好きじゃないんです。
「席を譲らないとは、なんてことだ!」と怒るのは簡単。 でも座ってる人は、「なんでわざわざこの殺人的な車内に乗り込んできたんだ」と思ってるかもしれない。
そして、おばあさん自身の気持ちはどうなんだろう?

ひとつの光景に対して、いろんな人の気持ちを考えます。いろんなことを考えているうちに書きたくなることもあります。

林さんのブログを読んでいると、いつの間にか自分に置き換えて考えさせられることが多いのは、こういう過程を経て書かれてるからなんですね。
書きたいことがまとまったら短時間で書き上げるんですか?

いえいえ。 私、文章を書くのがヘタで時間がかかるんです。ですから、あそこに載ってる話はかなり時間をかけて書いてます。

調整して調整してようやく人が読める文章になるときもあるし、自分でも構造がつかめなくて公開しない場合もあるんですよ。

インタビュー/編集 千貫りこ

Photography by Yusuke Mitome

Profile

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林 真理子

1996年より一貫してクリエイティブ職のキャリア支援に従事。
デジタルハリウッドやエン・ジャパンを経て、2005年よりクリエイティブ職専門人材エージェンシー、株式会社イマジカデジタルスケープ所属。トレーニングディレクターとして、クライアントの社員研修やeラーニングの企画、カリキュラム設計、教材開発、講座運営、評価など、学習の場をデザインする。

日本キャリア開発協会認定CDA、日本MBTI協会認定MBTI認定ユーザー。
gihyo.jp不定期連載「Webクリエイティブ職の学び場研究」

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